1943年、ギリシャ人の退役兵、スタマティス・モライティスは米国に移り住んだ。
住みついたのはニューヨーク州ポート・ジェファーソン。
生まれ故郷イカリア島からの移民が集まる場所だったからだ。
肉体労働の仕事をみつけ、ギリシャ系米国人の女性と結婚して子供3人をもうけた。
76年のある日、モライティスは息ぎれがするのを感じて医者を訪ねた。
告げられた病名は「肺がん」だった。
(青空の下、オリーブとワイン用のブドウを育てるモライティス)
60代半ばで余命9カ月と宣告されたモライティスは、故郷に戻ることにした。
エーゲ海に臨む、木立に囲まれたイカリア島の墓地で、永遠の眠りにつくはずだった。
だが、ふるさとに戻っでしばらくすると、日に日に元気を取り戻しでいったのだ。
35年以上がすぎたいま、モライティスは健在だ。
公式の書類によると97歳だが、モライティスによればその書類は誤りで、現在は102歳になっているという。
アテネ大の研究者らが、洗礼や軍役の書類をつきあわせてまとめた調査では、
イカリア島住民が90歳に達する確率は、米国人の2.5倍、男性に限れば4倍近くにも達することが分かった。
しかも、がんや心臓血管関連の病気があると分かってから亡くなるまでの期間は8〜10年も長く、うつ病や認知症も少なかった。
Memo
80歳以上のイカリア島住民調査
毎日昼寝をする 男84%、女67%
ワイン消費 1日平均2〜3.5杯
コーヒー消費 1日平均約2杯(300cc)
いまも自宅暮らし 96.5%
イカリア島は、トルコから西に約50キロ離れたエーゲ海に浮かぶ。
約260平方キロメートルの島に、1万人ほどが暮らす。
古代叙事詩「イーリアス」にも言及されている強風と、船が入港しにくい地形が、外の世界との交流を阻んできた。
自給自足、昼寝も毎日
島に住む数少ない医師の一人、イリアス・レリアディスは話す。
「ここの住民は夜更かし、朝寝坊で、毎日欠かさず昼寝をする。
誰かをランチに誘えば、朝の10時に来るかもしれないし、夕方の6時に来るかもしれない。
実際、まともに動いている時計なんてないんです」
長寿地域を調べできた私の調査結果に照らして、この島では長寿のひけつとされる食習慣がいちいち当てはまる。
肉や乳製品からとる飽和脂肪の量が少なく、心臓痛のリスクが低い。
オリーブオイルは、悪玉コレステロールを減らし、善玉コレステロールを増やす。
ヤギのミルクには、必須アミノ酸が含まれ、年配の人でも消化しやすい。
適量のワインは抗酸化力を持つフラボノイドの吸収を促す。
糖尿病や心臓病、パーキンソン病のリスクを低めるといわれているコーヒー。
自然そのままの野菜も長寿に貢献しているようだ。
島の野菜には、赤ワインの10倍もの抗酸化物質が含まれるものもある。
島内の失業率は高く、ことによると40%くらいに上っているかもしれない。
(イカリア島の稲妻でできた壁。70枚の写真をつなぎ合わせた。写真=Chris Kotsiopoulos)
ただ、民宿を営むテア・パリコスは言う。
「みんな元気なのは、自給自足だから。
ぜいたくはできなくでも、仕事に追われず、家族や友だちと楽しい時間を過ごしている」
パリコスは断言した。
「プライバシーなんてものがないからこそ、安心していられる。
食事も、何を食べるかよりどんな風に食べるかが大切でしょう。
ここでの食事は誰かと会話しながら楽しむものだから」
社交も欠かさず
確かに、長寿には社会的な面が大きな役割をはたしているようだ。
産業化した社会で定年が早まると、寿命も短くなっでしまうという研究もある。
長寿で知られる日本の沖縄では、「何のために朝起きるのか」という「生きがい」が重視されている。
イカリア島でも、地域の共同体が島民に、ほかの人の役に立つ仕事をするよう絶えず求める役割も果たす。
米国に戻った私は数週間前、ミネアポリスの自宅からモライティスに電話をかけた。
モライティスはブドウ畑で農作業をして、昼寝から目が覚めたばかりだという。
「もうすぐ近所の人たちがお茶を飲みに来るから行かなければ」と言う。
私は最後の質問をした。
結局、肺がんから回復できたのはなぜだと考えているのか?
「実は、島に戻って25年ほどたったころに一度、その理由を聞きにアメリカに戻ったことがある」。
モライティスは言った。
「だけど、私をみてくれた医者はみんな死んでしまっていたよ」
(ダン・ベットナー、抄訳 GLOBE記者 青山直篤 2012 The New York Times)